前略
僕の人生にこの人の歌が無かったら、ずいぶん味気ないものになっていただろうなぁ……。
の館長です。
小林亜星さん、心不全のため死去 88歳
作曲家であり俳優としても活躍した小林亜星さんが、去る5月30日に心不全のため88歳で亡くなりました。
「巨星墜つ」とは言いますが、昨年の筒美京平さんに続いての小林亜星さんの訃報。
このお二方の逝去は、まさに音楽界の巨星墜つと感じます。
謹んでお悔やみ申し上げます。
やっぱり、「作曲家・小林亜星」として知るよりも先に、寺内貫太郎でした。
もっと言えば、小林亜星という人ではなく「寺内貫太郎」という人が出てるんだと思いました。頭弱い。
「寺内貫太郎一家2」では、レコードプレゼントに応募してくれと、思いきって親に頼んでみました。
なぜなら、風吹ジュンが好きだったからです。
可愛いとか綺麗とか以上に、子供心にも非常に蠱惑的に映ったのです。
こんなの好きになっちゃうじゃん! 前髪のあたりとか。
現在のような “いいお母さん” を演じられる女優さんのポジションにつくとは、思いもしなかった。
それはともかく、レコードがうちに来ることはなかったので、当たらなかったんでしょうけど、それ以前に、親はハガキを出していないような気がしてきました。今になって。
明日あたり聞いてみようかな? 絶対覚えてないと思うけど。
若き日の亜星さんの食卓を見た人たちのあいだでは、謎の球体をした食べ物が話題になっていました。
「湯豆腐だのサラダだのはいい。最も知りたい食べ物が『ほか』で済まされてるのが納得いかん!」と。
ともあれ、この謎の食べ物のおかげで数々の名曲が生まれたんですね!(そうだろうか?)
小林亜星作曲 僕の心に残るCMソングTOP10
今日は、数多ある亜星さんの楽曲の中でも特にCM曲に限定して、僕の心に残るTOP10を記しておこうと思います。
お時間があるときにでもご覧いただき、「うん、やっぱりその曲だよね!」とか「ワイなら1位はあの曲だな」とか思いを馳せてみてください。
「あの曲が入ってないなんて、おまえに亜星を語る資格はない!」とか「その曲がその順位だなんて、おまえの目は節穴か! おまえの耳は耳穴か!」とかは、思ってもいいですが言わないでください。耳は耳穴だけど。
ただひたすら、“僕の心に残る曲” という基準なので……。
どんな名曲も、僕との接点がなければ心に残りようがないのですから。
第10位:まんがらりん(まんがの森)
飯島愛がまだTバックを売りにしてた頃の「まんがらりん」。
歌があまりお得意ではないところに加えて、ダンスもなかなかの “棒ダンス” なんだけど、そのチープさがかえっていい感じ。
テレビ番組で歌ってるとこも見たことあるけど、CM以上にキレがなくてとっても良かった。(←褒めてる)
第9位:ワンサカ娘(レナウン)
リアルタイムで聴いていたはずはないけど、いつの間にか覚えていた――という人は僕以外にも多いことでしょう。
シルヴィ・ヴァルタンの「C’est bien」がカッコよく響くのに対して、弘田三枝子の「いいわ」は色っぽく聞こえて、どちらも違った魅力でとっても C’est bien!
レナウンが創業120年の歴史に幕を閉じたのが今年の3月。
その2ヶ月後に、亜星さんも逝ってしまいました。
第8位:ブルーダイヤ(ライオン ブルーダイヤ)
これは歌の “本体” よりも「金銀パール プレゼント」のフレーズの魅力がまさってしまった稀有な例として、後世に語り継がれております。
僕が物心ついたときからこのCMを見なくなるときまで、ずっと金銀パールがプレゼントされていましたが、「金銀パール プレゼント」をしてない「ブルーダイヤ」のCMを見たという方がいらっしゃいましたら、ぜひお知らせください! 金銀パールをプレゼントするかもしれません!
第7位:仲よしソフト/おいしい顔(雪印ネオソフト)
この頃の子供たちは、何か食べて「おいしい!」なんてひとこと言おうものなら、周りからいっせいに「♪おいしい顔ってどんな顔? ♪おいしい顔ってどんな顔?」と歌いツッコまれたものです。
今なら立派な「おいハラ(おいしい顔ハラスメント)」。
でも子供のおいしい顔っていうのは見てる大人まで幸せになれる顔ですから、そこは許してやってつかーさい。
ところで……
この男の子が山本耕史だってことは、当時は知る由もないことでしたが、後年では有名な話になりましたね。
(本人が言いふらしてるから(笑 )
第6位:パッ! とさいでりあ(新興産業)
「さいでりあ」を手掛けていた新興産業が倒産して18年も経つというのに、「パッ! とさいでりあ」だけは、今なお輝きを放っています。
新興産業自体には良くない噂もあれこれありましたが、「パッ! とさいでりあ」を亜星さんとともに残してくれたことは、その本来の事業以上に偉業だと思っております。
この、登場人物全員が同一人物という手法を見たのも、僕の記憶ではこの「パッ! とさいでりあ」が初めてでした。
玄関から同じ顔した孫の「でりあ君」が出てくるのを初めて見たときの衝撃は忘れませんし、「でりあ君」なんて1度たりとも呼ばれてません。
第5位:明治チェルシーの唄(明治)
多くの歌手に歌われてきた「明治チェルシーの唄」。
これが歴代歌手の方々だそうです。
明治チェルシーの唄(コンピレーションアルバム)
これが歴代歌手の大部分を網羅したアルバム。
アルバムに入っていない歌手は――
……ですが、以下の3組の歌唱については YouTube で見つけることができました。
ハイ・ファイ・セット
Every Little Thing
秦基博(マックシェイク チェルシー)
僕はやっぱり元祖である「シモンズ」のバージョンがいちばん好き。
その次に「あみん」。
やはりこの歌はデュオが合うと思うんです。
亜星さんもおっしゃっていました。
歌詞の中に「あなたにも分けてあげたい」ってあるでしょ。 だから一人よりデュエットの方が合うんじゃないかなと思って。
でも南沙織のもいいですな!
こんなに歌がお上手とは、失礼ながら認識しておりませんでした。
残りの3組(はつみ・ひとみ、カラベリ・グランド・オーケストラ、In The Nua)についてはどうしても音源が見つからず、特に「はつみ・ひとみ」さんのをなんとか聴きたいと思ってしつこく探したんですが……
肝心の「チェルシーの唄」は見つからないのに、イカスぼうやを見つけちゃった!
◆
そしてこの歌は歌詞もとっても素敵。
多くの歌手に歌われてきた理由が分かるような気がします。
作詞をした安井かずみさんは1994年3月17日に肺癌のため55歳という若さで亡くなっています。
でも安井さんの55年って、僕の1万年でも足りないくらい凝縮された充実したものだったと拝察いたします。
◆
あと、よく「遠足は帰るまでが遠足」と言われますように、チェルシーの唄は、最後のセリフ
「あなたにも チェルシー あげたい」
までが歌だという認識で育ってきたので、最後になりましたが、CM映像を添えておきたいと思います。
このセリフにも2パターンあって、「チェルシー」「チェルシー」とアクセントが違うのですが、僕は前者が好きなので、そっちのほうを。
明治チェルシー CM
第4位:人間みな兄弟~夜が来る(サントリーオールド)
「大人」「酒」「気障」「粋」「色気」を音符にするとこういう曲になるのだなぁ、などと思って、サントリーオールドを飲める日を夢見たものです。
いざ成人しても、サントリーオールドはなかなかの高嶺の花で、せいぜいサントリーホワイト。それだって贅沢なほうで、どこの何だか分かんないようなウイスキーを飲んでいました。
あるときから六本木のカラオケ道場に行くようになり、そこでは昇級・昇段するごとにもらえるサントリーオールドの本数が増えていくので、かなり通い詰めました。
歌はともかく、パフォーマンスでウケようと懸命だったので面白がってもらえて、店員さんに「今日は何を見せてくれるんスか?」みたいに言われると、本気で望まれてるような勘違いをして有頂天になってた恥ずかしいあの頃。
今だったらそういうの、ほんと恥ずかしいヤツだと思えるのに……。
そんなほろ苦い思い出も蘇らせるこの曲は、JR京都線の島本駅の入線メロディにもなっています。
町内にはサントリーのウイスキー工場「山崎蒸溜所」があることから、「ウイスキーの町」としてPRしようと町がオリジナルの入線メロディーを要望。
そこで、工場で誕生した「ザ・サントリーオールドウイスキー」のCMソングとして1967年から使われている「人間みな兄弟」が採用された。
第3位:セキスイハウスの歌/積水ハウスの歌(積水ハウス)
この歌もいろいろな歌手に歌われてきました。
最も新しいのは、八代亜紀の歌う「積水ハウスの歌~60周年バージョン」のようです。
このバージョンも含め、近年の歌は「積水ハウスの歌」となっておりますが、原曲は「セキスイハウスの歌」といい、僕はこの原曲のほうを3位として挙げました。
やっぱりこれでなくちゃいけません。
曲調も歌詞も歌声も、こちらこそが「セキスイハウス」。
新しい「積水ハウスの歌」はどれもとにかくカッコいいんです。
歌詞も、さすが売れっ子コピーライターの作詞と思わせます。
でも、「50周年バージョン」を聴きますと、肝心な部分が濁されちゃってるじゃないですか。
「mmm mmmm」って、何か言っちゃいけないこと書いてあったんですね、きっと。
「Fuckin’ my house~ 積水ハウス~♪」とか。
都会的で洗練されているのは確かなんですが、僕が聴いてきて思い描いていた「積水ハウス」とは乖離しちゃってると感じます。
原曲には、「みんなの夢はいつかマイホームを建てること。マイホームを持ってこそ明るい幸せな人生」といった、真っ直ぐで強い意識が窺えます。
誰もが夢のマイホームに向かって舵を切っていたあの頃の士気発揚のための歌、といってもいいかもしれず、それは確かに前時代的で今の時代にはそぐわないでしょう。
そぐわないでしょうが、今だってできればそうありたい。真面目に働いていればマイホームが手に入る世の中であってほしいじゃないですか。
そのへんをボカしてですね、「あの家に心は帰る」とか「人は家を想う」とか、曖昧にしてカッコつけてんじゃないよ! とまでは言わないですけど、言いたい。(言ってんじゃん)
家に帰れるのが “心” だけって、悲しいですわ。
人は家のことを “想う” ことしかできないなんて、切ないですわ。
「ぼくらの街」に至っては、積水ハウスに住めてるのは「きみ」であって、「僕」はそれをただ見てるだけなんですよ?
悲しいにもほどがあるじゃないすか。
いやまぁ、「積水ハウスの歌」でこんなにムキになってるのは、世界広し、不動産業界広しといえども僕ぐらいなものです。すんません。
それだけ、かつて僕に「輝かしい未来」「幸せな家庭」を夢見させてくれた原曲に対する思いが強いせいということで、ひとつ、お目こぼしを。
第2位:日立の樹(日立グループ)
もう、亜星さんといえばこの曲!(じゃあ1位にしなよ)
この曲が流れない世の中なんて想像できない。
「日立の樹」
最もよく観たバージョン。
「日立の樹」といえば、この曲調とハワイ・オアフ島のモンキーポッドの大樹でしょう。
途中、ハワイ島のマンゴー、シンガポールのバニヤンツリー、ロサンゼルス・オレンジカウンティのカリフォルニアオークに変わった時期もあるようですが、モンキーポッドがいちばんしっくりきます。
そのモンキーポッドを、黒柳徹子さんがかつて訪れており、その模様を亜星さんと見たときの放送を追悼として流していました。
はしゃぐ徹子さんを見て「かわいいね」と言ってる亜星さんが印象的。
「日立の樹」(初代)
これはさすがにテレビで観た記憶はないですね。
◆
「バカ兄妹」と呼ばれて久しい僕と妹が、子供の頃にこのCMが流れると必ずやっていたのが……
この、日立グループ各社の名前がスクロールしてくる中、ひときわ異彩を放つ「トキコ」が登場した瞬間に画面を指差して
「トキコ!」
と叫ぶことです。
「バカ兄妹」の言われように反発したこともありましたが、いま考えると、どこへ出しても恥ずかしい紛うことなき「バカ兄妹」でした。
子供の頃は、日曜の夜に「すばらしい世界旅行」を観てから、この「日立の樹」を迎えるのがうちの決まりだったので、「サザエさん症候群」というより、こっちのほうで月曜の足音を感じてたものです。
「すばらしい世界旅行」予告からの「日立の樹」
「すばらしい世界旅行」は親が観ていたから仕方なく観たのであって、観たいわけじゃありませんでした。
見たこともない部族などの登場も多くて、ちょっと怖かった。ビビり少年だったから。
それでも“締め” が「日立の樹」だったのでなんとか救われていたようなもの。
その意味からも、亜星さんありがとうございました。僕の少年時代を救ってくれて。
「この木なんの木」などのCMソングやアニメソング、歌謡曲を数多く手掛けた作詞家の伊藤アキラさん(享年80)が15日午前8時2分、急性腎不全のため横浜市内の病院で死去したことを受け、作曲家の小林亜星さんが22日、「突然の訃報にただ驚いております」と追悼コメントを発表した。
小林さんは「この木なんの木」「パッ!とさいでりあ」など数々のCMソングでタッグを組んだ盟友の伊藤さんについて「プライベートではお酒も呑(の)まず、大変真面目な方でしたので、私のような飲兵衛(べえ)とはほとんど接点はなかったのですが、仕事ではいつも彼の歌詞が回ってくると、スムーズにメロディーをつけれるという、気が合うのか合わないのか、そんな不思議な関係でした」と振り返った。
?
亜星さん、盟友・伊藤アキラさんの訃報にコメントしたその1週間後に自身もこの世を去ることになろうとは思いもしなかったでしょう。
僕らはたった1ヶ月の間に偉大な2人を失ってしまいました。
伊藤アキラさんの作品も、改めて見てみると馴染みのものばかりで驚きます。
偉大なるお二方への哀悼の意を込めて、来月の集会で僕は、「日立の樹」のフルバージョンをカラ元気を出して歌い上げます。
日立の樹(フルバージョン)
?
第1位:モクセイの花(日本生命「ニッセイのおばちゃん」)
当時ももちろん好きなCMであり、好きな曲だったんですけど、いま聴くと当時の倍増しで心にしみてきます。
その理由は、ひとことで言えば “「郷愁」が凝縮されているから” だと思います。
僕が無くしてきたもの、手に入れられなかったもの、なども散りばめられており、悲しいのとはまた違った涙がにじんでくるのを禁じえません。
「ニッセイのおばちゃん」も、今では「ニッセイトータルパートナー」と言うそうで……。
時代を経て、その呼称は仕方ないところですが、「トータルパートナー」だったらこの歌はできてはいないだろうと感じます。
だったら、今、
♪ニッセイトータルパートナー 電動アシスト自転車で
笑顔を運ぶ ふるさとよ
っていうCMソングを流してもらいたい。(もらいたくない)
◆
この歌にはニッセイのおばちゃんのほかに「チヨちゃん」が準主役として登場しています。
CMで流れてた歌詞と、デュークエイセスが『モクセイの花』として出した歌詞の両方を見て、歌の主人公とチヨちゃんとの関係を探ってみましたが(探らんでいい)、どうやら主人公はチヨちゃんと結婚したかったようですが、チヨちゃんは別の人と結婚し、お母さんになったようですな……。
チヨちゃん待っててくれたかな?
そろそろ所帯を持とうかな
このように言う以上は、主人公はチヨちゃんと所帯を持とうと考えたのでしょう。
で、セリフでは、
「結婚したら、真っ先におばちゃんに知らせてやろう」
とか言っちゃって、もうすっかりその気です。
しかもおばちゃんに対して謎の上から目線。
ところが、
傘もささずに濡れていた チヨちゃん今ごろお嫁入り
……となります。
主人公と結婚してたらこんな言い方はしないでしょう。
で、次にくるセリフが、
「子供ができたら、おばちゃんにいろいろ相談するんだよ」
……と、すっかり当事者から外れたところからのアドバイス。
そしてトドメが、
チヨちゃん 優しいお母さん
やっぱりこれは、主人公の恋は結実しなかったと見るのが正解ではないでしょうか。
CMを観ていた子供の頃は、もちろんこんなことには気を留めませんでした。
「ふるさと」「モクセイの花」「おばちゃん」「自転車」「笑顔」といった心地よいフレーズにかき消されてしまっていた主人公の悲恋。
それを、今になって知ることになろうとは思いませんでした。
自転車に乗ってどこへでも、誰にでも、素敵な笑顔を届けて回ったニッセイのおばちゃん。
そのおばちゃんをもってしても、恋愛成就の笑顔までは届けられない、ということですね。(なにまとめてんだ)
長いこと「ニッセイのおばちゃん」を務めた女優の中北千枝子さんは、2005年9月13日に急性心筋梗塞のため79歳で亡くなっています。
笑顔をありがとうございました。ご冥福をお祈りします。
小林亜星作曲CMソングTOP10 おさらいとあとがき
要するにこのランキング表1枚で済む話だったのに、長々と書いてきてしまいました。
当初は自分でもこうした表に少しのコメントをつければそれで完成、と思ってたんです。ほんと思ってたんです。
ところが書き始めたらいろんな記憶やら思いが次々と湧き上がってしまって……。
御託を並べるのは昔からの悪い癖だと自覚はしてます。
最後に……
「あなたにとって、小林亜星とは?」
と聞かれた気がするので、答えておきます。
(誰も聞いてない)
僕にとって、小林亜星とは……
僕の記憶のシーンごとに、素敵なBGMを奏でてくれる人――。
みなさーん! いいこと言ったつもりになってますよー!
プロフィール
館長と申します。
ホッピーを飲みながら猫をモフっているときが至福の時だと思いますがそういう状況になったことがありません。世知辛い世の中ですね。
こまかい話は下記に。
自己紹介
別ブログもよろしくね。
がらくたクリップ